カテゴリ:実家考( 67 )

それは思い出ではないの


周囲には
長子、中間子、末っ子、一人っ子・・
と様々なポジションの方々が
いらっしゃいますが・・

皆、「長子は弟妹に比べて
写真の枚数が多い」と
口を揃えます(笑)

我が家の場合は、それに加え
父がカメラ好きということもあり、
とにかく枚数が多いのです。

さらに、デジタル化される
ずっと以前の話ですから
「念のためもう一枚」が積もり積もって、
現像数が膨大になったのでしょう。

中途半端にマメな父は、
次々とアルバムを購入し注釈を付け、
写真を貼っていきました。

しかし父の興味は写真を撮って
アルバムに貼るところまで。。

保管方法に気を配ることはないため、
結果、ボロボロのアルバムが
残されることに (/_\)

まずは手っ取り早く、
全てをデジタル化して、
アルバム本体をさっさと
処分してしまおうかとも考えたのですが・・

そのデジタル化したデータでさえ、
いつかは手放さなければ
ならない時がやって来ます。

それでは、取捨選択を
先延ばしにしているだけで、
ただの二度手間。

面倒は一度でいい。

ということで、デジタル化せずに
取り組み始めたアルバム整理。

私にとって、
乳幼児期から手を付けるのは、
どうやらハードルが高いので、
高校時代から遡って整理していきます。

中高時代を整理すると、
約1/3のアルバムが棚から消えました。

それでも、まだまだ残るアルバムたち。。

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写真を処分することは、
思い出を切り捨てるようで、
なんだか心が痛みがちだけれど・・
違うんですね。

写真を見るまで
何十年も思い出すことのなかった記憶・・

それは思い出じゃない。

ただ思い出しただけ(笑)

だから処分しても大丈夫。

こうして少しずつ空間が空いていく一方で、
何が本当に大切な思い出なのか・・
着実に見極められ、私の中に
ストックされていっています。




~本日の自戒~

それが思い出すことのない、
ただ過去の一瞬を切り取っただけの一枚なら
それはもう思い出じゃない。




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by monomo-mino-uchi | 2018-12-10 19:00 | 実家考


両親が放置していった
若かりし頃の写真・・

私の中に存在する親への
『失意』と『諦め』と共に、
ようやく私のもとから
去っていきました。

処分しながら思うのは、
これは自分らしく生きるための
前哨戦に過ぎないのだということ。

モノを整理して
「あぁ~スッキリした♪」
という単純さとは全くの別次元です。

普段の整理作業は
「なんで使わなかったんだろう」とか
「なんで買っちゃったんだろー(/_\)」と、
それはそれは、ひたすら自己反省祭りの私。。

でも今回の写真整理は違います。

特に、大量に残された
幼少期のアルバム整理・・

これは、私の中の小さなワタシに、
そっと寄り添って本音を引き出し、
ココロを癒す作業なのです。

ほったらかしだった
私のインナーチャイルド。。

じっくり向き合うことで、
この生きづらさを一緒に
解消しようと思います。

でもちょっと待って・・

その前に・・
先にコレ捨てちゃうね。

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幼稚園時代から残る
卒業(卒園)アルバムと
卒業証書の各セット。

これまでに眺めた回数と
これから眺めるであろう
回数を計算したら・・

限りなく・・ゼロ

両親と同居していたら、
まず処分できなかったでしょう。

母がゴミ袋から抜き出して
勝手に部屋に戻すから

コラー! ( `Д´)ノ

母基準で敗者復活を遂げたモノが
色々と舞い戻ってきた同居当時。

それはそれは困りました。

最初はそうと知らないものだから、
もうビックリ!

「捨てたハズのモノが・・」
「も、戻ってる?!」

てっきり何かの・・
呪いかと思いましたよ(笑)

さてと。

では古くて劣化していて、
重たい重たいアルバムの整理を
始めるとしましょうか。




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by monomo-mino-uchi | 2018-11-28 05:00 | 実家考


思い出の品を整理するというのは
誰にとっても気が重いものです。

中でも写真整理の難易度はAAA。

1枚1枚を眺め、語り、懐かしむ・・
なんてやっていたら、とても終わりません。

かと言って、見ないで捨てることも
できない・・

結局、時間をかけた割に選別できず (>_<)
なんて事が起こり得るのが
写真整理なのです。

でも
「ごめ~ん。整理できなかった~(〃∀〃)ゞ」
と家族に大量の写真を遺したまま逝く・・
というのだけは避けたいところ。。

そんなワケで、写真こそ
早めの整理が必要だと感じた私は、
成人後の写真を中心に、
これまで随分と処分してきました。

ところが、実家売却にともなって
持ち帰った古い写真・・

これらの処分が、
どうしてもできないのです。

写真を処分しても、想い出は消えない。。

そう気付いてから、自分の写真整理は、
あんなにもはかどっていたのに・・

それが両親の結婚前の写真となると、
一向に進まないのです。

「だって親自身が
必要ないと判断した写真だよ?!」

と何度も何度も自分に言い聞かせます。

それでも手を付けられないまま、
なんと1年が経過しました Σ(゚д゚lll)

この1年、
左脳がどんなに正論で説得を試みても
「時間が必要なの・・」とばかりに
動こうとしなかった私のココロ。。

でもその時が、ようやく来たようです。

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なぜ我が母は、こんなにも支配的なのか・・
なぜ父は、あれほどまでに無関心なのか・・

わずかでも、その答えを導いてくれる
何かがあるのではないか・・

両親の行為を受け止められるだけの理由が・・

そんな無意識の希望が、
私に古い古い両親の写真を
手元に置かせ続けていたのです。

それを理解した時、
「もういいや」
という気になりました。

だって結局のところ、
両親は変わらないから。

そして私も両親に対し変わることを、
もう求めないから。

だからこれからは、互いに
支配せず、支配されもせず。

特に母からは二度と支配されない。

その強い決意が、
これまでの親への執着心とともに、
ようやく写真を手放させてくれました。




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by monomo-mino-uchi | 2018-11-19 19:00 | 実家考

私が捨てるべき最後の砦


カラダの不調の中で、
最もツラかったのがナゾの咳。

その激しすぎる咳は、
腰だけでなく、ついに肋骨にまで
ダメージを及ぼしました (ρ。q)

山のような薬をどれだけ服用しても、
一度スイッチが入ったら、
もう止まらない・・

このお茶を一口飲んだら・・
この電話に出て声を出したら・・
寝ようと横になったら・・

いつ入るとも知れない
『咳スイッチ』を恐れて、
日常の何気ない動作にも、
いちいちドキドキします。

他の不調は改善したのに・・

このままでは、ずっと外出できない。

「病院を変えてみようか・・」と、
やっと残りわずかになった
クスリを前に考えていました。

ところが、ある日突然、
咳がピタッと止んだのです。

少しずつ治まってきたのではなく、
いきなり止まるという、この不可思議さ。

これは、西洋医学でも
抑えることができなかった咳を、
私のココロが治した瞬間でした。

やはり親と心の距離を保ち、
自身に向き合った結果でしょうか。。

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でも私には、まだまだ向き合い、
受け止め、乗り越えなければならない
親子関係の問題が残されています。

いつまでも整理できず、
心の負担となっていた古びた写真・・

咳が止み、体力が少しずつ回復してきた今、
ココロと共に整理するには、
いいタイミングかも知れません。

これまでとは比べ物にならないほど
心が抵抗を示した片付け。。

ついに最後の砦とも言うべき、
過去の記憶、親との関係性に絡んだ
モノの整理をする時がやって来ました。




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by monomo-mino-uchi | 2018-11-14 17:00 | 実家考


現在、両親が過ごす部屋に
固定電話はありません。

そして、母は
携帯を持つことを、頑なに拒否。

となると、私は父の携帯に
連絡するほかないのですが、
音信不通になることもしばしば (/_\)

そこで今までは、自らが伝書バトとなって
部屋に赴いていた訳ですが、
歩けなくなったことで、
ついにこれも不可能に・・

必然的に、こちらから訪ねたり、
連絡をしなくなって数週間。。

気付けば、私のカラダに現れていた
様々な不調が和らいでいました。

似たような症例は海外にもあるようで、
不安定な親子関係がカラダに及ぼす影響は、
全世界共通のようです。

さて、親への『負の感情』を意識し
少し距離を置いてみる・・
という、この作戦。

一見平穏な日常と心身の健康を
取り戻しつつあるように見えます。

しかしこれだけでは、自己回復の
最初の一歩を踏み出しただけ。

両親に会えば、私の体内には
再びアドレナリンが
大放出されてしまいます(笑)

これでは
「もう期待しない」と言いながら、
親への依存性を断ち切れなかった、
これまでの人生に逆戻り。

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実家から持ち帰った古い品々を、
なかなか整理できない理由も、
ここにありました。

処分したいのに、なぜか出来ない。

その理由は両親に対する
矛盾したキモチを抱えたままだったから。

親への期待と失望、そして諦め・・
それでも求め続けた承認欲求。。

こうしたココロの葛藤は、
放置したところで、
勝手に消えてはくれません。

私が捨てられなかったのは、
モノではなく自身の中にこそあったのです。




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by monomo-mino-uchi | 2018-11-09 17:00 | 実家考

考え方のクセ


帰宅後、主人が言います。

「病院で、ものすごく
視線を感じたでしょー?」

「俺が昔、車椅子を使った時も、
そうだったよ」

確かに。。

病院にいる間中、
私はそれを感じていました。

遠巻きに漂う、それでいて、
いつまでも離れない四方からの視線を。。

私を見つめる瞳の奥で、彼らが実際、
何を思っていたのかは分かりません。

しかし、その表情からは、
様々な感情が読み取れます。

でもこれ・・
いつもの私の悪いクセ σ(^_^;

私が周囲の視線から読み取った感情は、
あくまで自分が自分に対して
抱いている感情なのです。

決して彼らが思っているワケじゃない。

自分の感情を、他者に投影しているだけ。

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そういえば、母もそうでした。

どんなに医師から勧められても、
決して使うことのない『杖』。

「年寄り扱いされたくない」

「杖を使わないと歩けない人と
思われたくない」と、

アタマから転倒し、
お岩さんのようになった顔で言います。

でもねぇ、それは母が自分で自分に
抱いている感情であって、
周囲は誰もそんなこと思っていない。

「杖を使わないと歩けないなんて・・」

日頃から母自身が、そう思っているからこそ
いざ自分がその立場になった時、
現実を受け入れらず、他者からの視線に
投影してしまうのです。

他人からどう見られているか・・
が気になった時、自分自身に
抑圧した感情がないかどうか、

そして、他人の感情や価値観に
左右されたり、逆にコントロール
しようとしていないかどうか・・

一度立ち止まって、
考えてみる必要があります。

母も無意識に抑圧した感情と向き合って
「誰もそんな風に思っていない」とか
「どう感じるかは、その人の自由」と
思えるようになれば、
ケガをしないで済むのにねぇ・・




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by monomo-mino-uchi | 2018-11-03 17:00 | 実家考

あとはお好きに・・


「くしゃみをしたら腰の骨、
折れちゃって~ (/_\)」

と言って知人が入院したのが
数か月前・・

「ちょっとー、他人事じゃないよー」

と呟きながら車椅子を押す主人。

一方、私は
「車椅子って結構スピード出るんだねー」
なんて、お気楽な風を装いながらも、
あまりの自分の無力さに
ショックを受けていました。

スクッと立って、ヒョイと座る。
たったこれだけの動作が
一瞬で出来なくなるなんて・・

これでは今の私の要介護度は
母より、よっぽど高レベル。

「いやはや、ご面倒かけます」
と、しょんぼり診察室へ。。

検査の結果・・

診断
『立派なギックリ腰』

ウワサ通り
ギックリ腰の痛みは強烈でした。

あまりに強い薬は服用したくないものの、
今回ばかりは仕方ありません。

「コレは効くよ~♪」という
医師おススメの『強烈痛み止め』と
『湿布』と『コルセット』を抱えて
無事帰宅したのでした。

しかしここまでくると、
もはや自分だけの問題ではありませんね。

家族に、こんなにも迷惑をかけてしまう。

だからもう、
両親に振り回されるのは、やめました。

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母の・・
自分に出来ることさえ人にしてもらって、
やり方が悪ければ文句を言って、
思う通りにいっても感謝はしない。
という姿勢。

そして父の・・
ムスメからの連絡には、
いちいち対応しないけれど、
緊急時はスグに来て!
という、スタンス。

私には、これ以上、
受け止める度量はありませんでした。

家一軒分の不要品を、
まるっと処分出来たのだから、
もう何も言いません。

母がどんなに食事をボイコットしようとも、

どれだけ父が電話に出てくれなくても、

あれだけ購入を止めたハズの衣装ケースが
次々と部屋に運び込まれるのを
目撃しても Σ(゚д゚lll)

これからは、どうぞお好きに・・

私は自分を大切にしてくれる人のためにも、
自分自身を大切にしなければならないのです

今回カラダに現れた痛みや苦しさは、
その事を痛切に私に知らせるものでした。




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by monomo-mino-uchi | 2018-10-30 17:00 | 実家考

車椅子からの風景


それは、いつもと変わらない
夕食後のひととき・・のハズでした。

またもやって来た
「ゴォー、ゴォッゴォッ!」
という激しい咳。

一度出始めると、なかなか止まりません。

本人が苦しいのは勿論ですが、
咳込む姿を、ただ見守るしかできない
家族も気の毒なものです。

「あ゛ーホラホラ、薬!」
「薬飲まないと!!」
とキッチンに走る主人。

その時でした。

少しだけ前かがみになって
咳込んでいた私の腰に‟ピリッ”と
電気が走ったような感覚がありました。

「ん?」と思った直後・・

正体不明の生き物が
まるで触手を伸ばすかのように、
ゆっくり、じわじわと広がる痛み。

「なにこれ?」
「腰が痛くなって・・」

と言い終わらないうちに来ました!
激痛がーっ!!

あまりの痛さにビックリして、
咳・・止まりました(笑)

「へ?腰?腰が痛いの?!」
との問いかけに

「あ゛ぁ~ 。゚(゚´Д`゚)゚。」
しか言えない私。

「ちょっと横になった方が
いいんじゃないの?」

と言う主人に誘導されて
立ち上がろうとしたら・・

そのまま動けなくなりました (/_\)

しかも、その姿と言ったら・・

初の二足歩行をしようと
立ち上がりかけた類人猿のよう!

こんな姿のまま夜が更けていくのか・・
と、途方に暮れる我が夫婦。

足が全く前に踏み出せないのです。

しばらくすると、横になら
足を動かせることが判明。

よちよちと、カニ歩きで
寝室へ移動したものの、
結局、横にはなれず。
一睡もできず。。

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翌朝、会社を休むハメになった
主人の介助のもと病院へ。

車の乗り降りだけで、
それはもう大変な騒ぎです。

病院へ到着しても、カニ歩きの類人猿は、
診察室まで、とても辿り着けません。

車椅子に乗せられ、
スルスルと軽快に動く車輪で、
おとなしく運ばれました。

いつもより、ぐっと近くにある床が
流れるように過ぎていきます。

『車椅子に乗ると、こういう景色なのか・・』

なぜか・・両親の姿が頭をよぎりました。




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by monomo-mino-uchi | 2018-10-25 17:00 | 実家考


最後に風邪を引いたのは確か・・
20年以上も前になるでしょうか。

そんな私が「どーも調子が悪い」
と思うようになったのは、
実家と言う名の『不要品の山』
に突入した、あの時から。

すっかり忘れ去られ、
ただそこに存在するだけのモノたち。

その山から発せられる
負のエネルギーたるや、
ボディーブローのごとく。。

さらに『攻撃は最大の防御なり~!』
とばかりに、老親から繰り出される
言葉のジャブやアッパー。

華麗にかわしつつ対応してきたはずが、
全然かわしきれていなかったみたい。

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両親が近くに引っ越してきた途端・・
「イタイ、痛い。心が痛い」と、
ついに私のカラダが音を上げました。

最初に発信された救難信号は、
突如として現れた肌のかゆみ。

見た目は何の異常もありません。

しかし手足、顔、頭皮を
猛烈なかゆみが襲います。

たまらず皮膚科へ行き、
塗り薬を処方してもらいましたが、
医師からは・・

「最近、環境が変わりました?」

「ストレス性だから、
思い当たる原因を取り除かないと、
またぶり返しますよ」

とのアドバイスが。

「厄介なことになったな~」
とポリポリ腕を掻く私に、
すぐに届いたSOS第2弾。

咳が出始めたのです。

でも他に風邪のような症状も
なかったので放っておいたら、
一日中、止まらない状況に・・

咳って、ものすごく
体力を消耗するんですね。

忘れてました、咳の威力を。

食事もままならず、熟睡できず、
気づけば・・もはや虫の息。

で、人生初の「呼吸器内科」へ。

ここでは様々な検査をしたものの、
結局・・原因不明。

仕方なく、ただただ
山のような薬を飲むハメに。

そしてやって来たのが
第3弾の歯痛でした。

左上の奥歯が「ちょっと、しみるな~」
と思っていたら、みるみる激痛に。

口に含んだ常温の水が、
鋭い凶器に変わる感覚・・

3か月に一度のメンテナンスを
欠かさなかった・・のに?!

歯科医は入念なチェックの後、

「大変なストレスを抱えていたんですね。
大丈夫ですか?」と心配そう。

まさか歯科医の口から「ストレス」
という単語が出てくるとは思わず、
あっけにとられた私。。

激しい歯痛の原因は、
虫歯などではなく、
ストレスからくる
食いしばりによるものでした。

上下の歯が当たっている状態が
良くないことは以前から知っていたので、
日中は気を付けていました。

しかし睡眠中の私は、
それはそれは強く
歯を食いしばっていたのです。

医師からは

① ストレスの軽減 
② あごから首筋にかけてのマッサージ 
③ 就寝時のマウスピース着用

を心がけるよう言われました。

「なんか、私のカラダ・・ごめんね」

と今さらながら労わってみたものの、
その後、ついに・・
とどめをさされてしまいました。



~本日の自戒~

カラダが悲鳴を上げる前に、
誰よりも、どこまでも、どんな時も
自分だけは自分に、やさしく
やさしく。




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by monomo-mino-uchi | 2018-10-21 17:00 | 実家考


結局、父の入院は数日で済み、
その間、母はショートステイへ
無事、預けることができました。

さて、
「かわいがって育てて
もらったかどうか問題」は、
どうしようか・・

少し考えて、
父には娘の認識を伝えました。

いくらでもある親への疑問の中から
選りすぐりのエピソードを2~3挙げて。。

責めたり、議論したいワケじゃない。

ただ、父と娘の間において、
認識のズレが生じていること。

そしてそれは、
ちょっとした見解の相違・・
などではなく、地殻変動レベルの
ズレであること。

それをただただ、
知って欲しいだけであること・・

私の話を聴いて驚き、
言い訳に終始する父。

そんな父の姿に、
さらに失望するムスメ。

親だって完璧じゃない。

だからこそ、
子とともに学び、子どもから学び、
成長していくものだと思っていました。

でもウチは違うみたい・・

親自身が依存性を満たされない
子どものままだったから・・

物理的な距離が縮まった今こそ、
いい機会かも知れません。

どんなに父が電話に出てくれなくても
「倒れた?!」と家を飛び出す
必要がなくなった
今だからこそ・・

ココロの距離を置かせてもらおう。

そして私は私で、
幼児期から満たされなかった
親への依存性と向き合って、
自分をゆっくりケアしていこう。

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そう思えたのは、
これまでにない程の異変が
私の身に起きたから。。

それは「もう限界です!!」
そんな悲鳴のようにも聞こえる
カラダからの必死の救難信号でした。




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by monomo-mino-uchi | 2018-10-17 17:00 | 実家考